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「桧原古道」

170324


-- 耶麻郡北塩原村大字桧原字苧畑沢 大山祇神社 --

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コメント

>>さんままさん

こんにちは☆

そうなんですよね、我が国近代史における大きな自然災害でした。
噴火直後の死傷者と異なり、現在の湖沼群は時間をかけて形成されたので逃げ遅れる人は居なかったようです。
この鳥居付近で墓石を見たことはないですが、何処かにあるのかなぁ‥。
会津藩を舞台にした時代劇で磐梯山が使われますが、当時の頂は三つだぞぉ~と、突っ込みを入れたくなる w

先週散髪&ブリーチしました。
襟足が寒くて寒くて、昨日は襟巻き着用で海岸沿いにいました。

投稿: M.H | 2017/03/26 09:39

リゾートのイメージの檜原湖・

この写真を見て、検索してみました。

***1888年7月15日に磐梯山の噴火に伴う山体崩壊によりできた堰止め湖の中では最大規模。噴火の際には500人以上の死者がでたほか桧原村が水没、地域社会が消滅した舞台でもある。現在でも湖水位の変動により、昔の集落にあった神社の鳥居や墓石が顔を出す場所があることで知られる。***

神社・鳥居までは何も感じませんが・「墓石」?ちょっと一人で撮影に行くには怖い感じがしますね。

話変わりまして・・あれから数日・もう髪をカットされましたか?^^♪
まだなら・ハサミを持って追いかけて上げますよ~(^_-)-☆はははははは・・・

投稿: さんまま | 2017/03/25 10:32

>>山本さん

こんにちは☆

確かに切り株とは異なりますね。
でも何といえば良いのだろう‥。
仔細は”Side B”にupしてあるのですが、昨年の四月に撮ったものです。
先週様子見に行きましたが、ちょっと行けない程の残雪がありました。
雪解けと同時に水かさが増すので、来月中旬以降は姿を隠すと思います。

投稿: M.H | 2017/03/24 14:22

こんにちは、桧原湖でしょうか?
切り株とはもう言わないような感じですが、一年を通して水没してる時間は長いですか?
もう残雪は無かったんですね。カラーでは撮りませんでしたか。

投稿: 山本 | 2017/03/24 11:42

>>pochikoさん

お早う御座います☆

現在は残雪で湖岸に降りれませんが、道路上から眺めることが出来ます。
雪解けが始り水位が戻る前がチャンスですが、来月の10日頃にまた行ってみます。
歴史の重々しさを表現したかったのですが、寒々しさを感じましたか。
見る人によって捉え方は様々‥と、改めて実感しました。

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>>大阪のおっちゃんさん

お早う御座います☆

仰ること分かります。
「幾世経テ」 をupする際、「桧原古道」を省いたのは何か劣るものがあったと思います。
自分也に分析すると「幾世経テ」 の構図が良いのかも知れません。
手前の切り株と奥にある鳥居が黄金比率に近く、「桧原古道」の日の丸構図とは大きく異なります。
以前も書いたかもですが、個人的には日の丸構図は嫌いではなく、モノクロ化により趣きが表現できたように思います。
でも「幾世経テ」をモノクロにしても何故か面白味がなく、この辺りの関係が難しいです。

投稿: M.H | 2017/03/24 06:37

以前夫と桧原湖一周して、これを見たかったのですけど
見れずじまいでした。

モノクローム写真かと思いますが
こういう白黒の世界なんですよね!!
何か心底寒々しい感じがします。

投稿: pochiko | 2017/03/23 23:49

こんばんは
以前拝見しました「幾世経テ」、今回の「桧原古道」、
やっぱ比較して拝見させて頂きました。
私の軍配は、失礼ながら「幾世経テ」です。
広角系で手前に入れた古木の亡骸の存在が、強烈に印象を引きつけます、
この古木の亡骸の列が鳥居と結びつき参道が見えますね。
武者の霊が見えても不思議に思いません。

投稿: 大阪のおっちゃん | 2017/03/23 22:01

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